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長崎地方裁判所 平成7年(ワ)103号 判決 1997年10月21日

原告

佐藤トヨ

被告

濱田義隆

主文

一  被告は、原告に対し、金四六二三万四七四一円及びこれに対する平成二年三月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一億六七八〇万八五三八円及びこれに対する平成二年三月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告(明治四五年二月二六日生)は、平成二年三月一九日午後一時九分ころ、長崎市魚の町四番三〇号先道路の横断歩道を横断歩行中、折から同所を時速約三五キロメートルで進行中であった被告運転の普通貨物自動車に衝突され(以下、この事故を「本件事故」という。)、頭部外傷、脳挫傷等の傷害を負った。

2  被告は、本件事故当時右普通貨物自動車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものである。

3  原告は、本件事故の結果、以下のとおり損害を被った。

(一) 治療費 六八一八万五四七八円

原告は、前記傷害のため、平成二年三月一九日掖済会長崎病院で治療を受け(治療費五万〇八八七円)、同日から同年六月二五日まで長崎大学医学部附属病院に入院(治療費二八一万四四三〇円)、同日から同年九月二七日まで及び平成三年四月五日から同月二七日まで二回にわたり長崎市立市民病院に入院(治療費三五五万八一五〇円)、平成二年九月二八日から平成三年四月五日まで及び同月二七日から平成六年六月三〇日まで佐藤整形外科医院に入院(治療費二四六三万二〇九一円)して治療を受け、治療費として総額三一〇五万五五五八円を要した。

また、原告の症状は、平成三年四月二七日に一応固定したが、植物状態にあるため、原告は、現在も佐藤整形外科医院に入院中であって、今後も死亡するまで治療を続ける必要があり、治療費は毎年四八〇万円を下らない。原告は、平成六年七月一日以降、原告と同齢の女子の平均余命を下回る九年間は生存するから、これをもとに同日以降要する治療費の総額を、はじめの七年間につきライプニッツ方式により、あとの二年間につき新ホフマン方式により、中間利息を控除して算定すると三七一二万九九二〇円となる。

(二) 入院雑費 五九一万〇一六〇円

原告が入院した平成二年三月一九日から平成六年六月三〇日まで一五六五日の間、諸雑費の支出を余儀なくされたが、この間の入院雑費は一日当たり一四〇〇円が相当であり、総額二一九万一〇〇〇円となる。

また、原告は、平成六年七月一日以降、現在も入院中であるほか、今後も死亡するまで入院が必要であり、その間に要する入院雑費は一日当たり一四〇〇円が相当である。原告は、同日以降、原告と同齢の女子の平均余命を下回る九年間は生存するから、これをもとに同日以降要する入院雑費の総額を、新ホフマン方式により中間利息を控除して算定すると三七一万九一六〇円となる。

(三) 付添看護費 四三二二万四七一六円

原告は、平成二年三月一九日から平成八年一月三一日までの間、付添看護人を雇い、合計二一三五万四四三三円を支払ったほか、原告が長崎大学医学部附属病院に入院していた九九日間は、原告の子らが終日付添看護にあたり、この付添看護費は一日あたり六五〇〇円、総額六四万三五〇〇円が相当である。

さらに、原告は、同年二月一日以降も原告が死亡するまで一年当たり三六一万三五〇〇円の付添看護費の支払を必要とするところ、原告は、同日以降、原告と同齢の女子の平均余命を下回る七年間は生存するから、これをもとに同日以降要する付添看護費の総額を、新ホフマン方式により中間利息を控除して算定すると二一二二万六七八三円となる。

(四) 装具代 一二二万一六七〇円

原告は、下肢装具代として八万〇六七〇円を支払ったほか、今後さらに一一四万一〇〇〇円の装具代が必要となる。

(五) 休業損害 一五三四万円

原告は、医療法人社団寿豊会の理事として月額一〇万円、有限会社長崎ティー・エー商会の代表取締役として月額一〇万円、有限会社観光カメラ店の監査役として月額六万円、合計月額二六万円の報酬を得ていたが、本件事故によりこれらの収入を失った。これにより、平成二年四月一日以降平成七年二月末日まで五九か月間に原告が受けた休業損害の総額は一五三四万円である。

(六) 逸失利益 二一八二万五六四八円

(五)の収入(年額三一二万円)は終身のものとして約束されていたが、本件事故により原告はこれらの収入のすべてを失った。原告は、平成七年三月一日以降、原告と同齢の女子の平均余命を下回る八年間は生存するから、これをもとにこの間の逸失利益の総額を、はじめの六年間につきライプニッツ方式により、あとの二年間につき新ホフマン方式によりそれぞれ中間利息を控除して算定すると二一八二万五六四八円となる。

(七) 慰謝料 二八〇〇万円

原告が本件事故による前記傷害及び後遺症によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は、二八〇〇万円が相当である。

(八) 弁護士費用 一三〇〇万円

原告は、原告訴訟代理人に本訴の提起追行を委任し、その費用及び報酬として一三〇〇万円を支払うことを約した。

4  よって、原告は、被告に対し、自動車損害賠償保障法三条に基づき、右合計一億九六七〇万七六七二円から既に自動車損害賠償責任保険等により支払を受けた二八八九万九一三四円を控除した一億六七八〇万八五三八円及びこれに対する本件事故の翌日である平成二年三月二〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の各事実は認める。

2  同3の事実について

(一)につき、入院の経過及び原告が現在植物状態にあることは認めるが、原告の症状は、平成二年九月二八日に固定しており、同日以降の治療費と本件事故との間には相当因果関係がない。また、仮に同日以降の治療費と本件事故との間に相当因果関係があるとしても、毎年の治療費が四八〇万円を下らないとする点は否認する。

(二)につき、症状固定日である平成二年九月二八日までの分について、一日当たり八〇〇円の限度で認め、その余は否認する。

(三)につき、原告が雇用した付添看護人の看護費用は、症状固定日である平成二年九月二八日までの分に限り認め、その余は否認する。原告が長崎大学医学部附属病院に入院していた九九日間、原告の子らが、付添看護にあたったことは認めるが、その看護費用は一日あたり六〇〇〇円の限度で認め、その余は否認する。

(四)につき、原告が下肢装具代として八万〇六七〇円を支払ったことは認めるが、今後さらに一一四万一〇〇〇円の装具代が必要になることは否認する。

(五)は否認する。原告は、各法人の役員として現実に稼働していたものではなく、原告が各法人から報酬として受け取っていたのは利益配当にすぎない。仮に労務提供の対価部分があるとしても、休業期間は症状固定日である平成二年九月二八日までとすべきである。

(六)は否認する。原告は、各法人の役員として現実に稼働していたものではないから、役員報酬として受け取っていた年額三一二万円を逸失利益算定の基礎年収とすることはできない。仮に逸失利益を認めるとしても、原告の就労可能年数は原告と同齢の女子の平均余命の二分の一とすべきであり、また、原告は植物状態にあって通常の場合必要となる稼働能力の再生産に要する生活費を免れるから、原告の逸失利益の算定に当たっては五割の生活費控除をすべきである。

(七)は争う。

(八)は知らない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因3の事実について

1  前提事実

いずれも成立に争いのない甲第三、四号証、第九ないし一一号証の各一、第二三号証、第二六ないし二八号証(但し、第二七号証の番号(1)ないし(8)の各撮影年月日の部分の真正な成立は、弁論の全趣旨により認められるものである。)、乙第二号証、第五号証、原告後見人の尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる(一部、当事者間に争いのない事実を含み、その部分については、その旨記載しており、その他は、右各証拠によって認められる部分である。)。

(一)  原告は、本件事故当日の平成二年三月一九日に掖済会長崎病院で治療を受け、同日から同年六月二五日まで長崎大学医学部附属病院に入院し、さらに、同日から同年九月二七日までの間及び平成三年四月五日から同月二七日まで二度にわたり長崎市立市民病院に入院し、平成二年九月二八日から平成三年四月五日まで及び同月二七日以降は、原告法定代理人後見人(以下「原告後見人」という。)が経営する佐藤整形外科医院に入院し、現在に至っている(当事者間に争いがない。)。

(二)  本件事故により、原告が負った傷害は、左脳挫傷、外傷性くも膜下出血、肺挫傷、肋骨、骨盤、右下腿の各骨折及び左顔面、左頸部、左側腹部、左下腿部の挫滅等、意識障害、呼吸及び嚥下困難並びに身体の一部麻痺等を伴う重篤なもので、本件事故によって負った頭部外傷を直接の原因として、意思疎通などの知的機能や自力移動、自力摂取などの動物的機能の多くが廃絶し、呼吸、循環や消化などの生命維持に必要な植物機能のみが保たれているいわゆる「植物状態」に陥っており、最初に入院した長崎大学医学部附属病院での治療により僅かながら意識状態の回復をみたが、なおリハビリテーションの必要な状態との診断を受け、主にリハビリテーションの目的で引き続き長崎市立市民病院に転院し、同病院において脱植物状態のための薬物療法等を行ったところ、若干症状が改善した。その後、肺炎及び尿路感染により、発熱等をきたし、平成三年四月五日に同病院に再度入院したが、このときは、抗圧剤を用いるなどして小康状態に至り、退院した。

(三)  原告は、本件事故後、現在まで、植物状態にあり(現在、植物状態にあることは当事者間に争いがない。)、寝たきりで、栄養は鼻腔チューブで受動的に摂取しており、排泄はおむつを使用し、人物の識別ができず、会話は全く不能で、身振りで意思を伝えることもできない状態にあり、その回復は全く見込めない状況である。そして、鼻から栄養を補給するために原告の体を起こしたり、おむつ交換、寝返り、痰の吸引等の処置をするために、職業付添人による付添看護が必要となっている。

2  治療費について

(一)  まず、原告の右植物状態の症状固定の時期について争いがあるが、前掲乙第二号証によれば、平成二年九月二八日をもって、原告の症状は一応固定したものと認められる。この点、原告は、平成三年四月二七日をもって一応の症状固定日と主張しており、成立に争いのない甲第八号証にはこれに沿う記載がなされているほか、原告後見人は、平成二年九月二八日に原告が佐藤整形外科医院に入院した当初は、まだ原告の膝の関節はぐらぐらしてつながっていない状態であった上、原告は肺炎のためと見られる発熱の症状を繰り返していた旨の供述をし、また、成立に争いのない甲第二五号証には、平成三年一二月三一日が症状固定日である旨記載されている。しかしながら、乙第二号証と甲第八号証はいずれも長崎市立市民病院の医師柳川誠が作成した自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書であり、傷病名、自覚症状、各部位の後遺障害の内容の各欄の記載はほぼ同一であって、平成二年九月二八日から平成三年四月二七日までの間に原告の症状にさしたる改善はなかったものと見られる上、乙第二号証自体原告が一応の症状固定日であると主張している平成三年四月二七日より後の同年六月二六日に作成されているにも拘らず、そこには平成二年九月二八日が症状固定日であると記載されているのであるから、この記載を重視すべきであり、少なくとも原告の後遺障害である植物状態の症状は同日に固定したものと見るべきである。一方、甲第八号証については、その作成に先立ち、原告の長男である原告後見人が、右柳川に対し、時効の点の心配があるから症状固定日は遅い方がよい旨の内容の手紙を出したという経緯が認められる(原告後見人の尋問の結果による。)のであって、このような作成の経緯からすれば、原告の症状固定日が平成三年四月二七日であるとする甲第八号証の記載は採用できない。また、原告後見人が供述するように、平成二年九月二八日当時、原告の膝の関節がぐらぐらしてつながっていない状態であったり、肺炎のためとみられる発熱の症状を繰返していたとしても、原告の後遺障害は、専ら、知的機能や動物的機能の多くが廃絶している植物状態の点にあり、その症状の固定時期を論ずるに当たっても、植物状態の症状が固定した点を基準とすべきであり、膝の関節が安定していない状態や発熱を繰返すような状態であったことをもって、前記認定を覆すには足りず、さらに、甲第二五号証も、原告と密接な利害関係にある原告後見人が作成したものであって、採用し難い。

(二)  そして、原告は、治療費として、平成二年三月一九日に掖済会長崎病院で治療を受けた際、少なくとも五万〇八八七円を、同日から同年六月二五日まで長崎大学医学部附属病院に入院中、二八一万四四三〇円を、同日から同年八月三一日まで長崎市立市民病院に入院中、二〇二万五六九〇円をそれぞれ要したことが認められ(成立に争いのない甲第九号証の二、第一〇号証の三、第一一号証の二による。)、これらについては、症状固定前の治療費として、本件事故との間に相当因果関係が認められる。なお、同年九月一日から症状固定の前日の同月二七日までの長崎市立市民病院に入院中の治療費についても、本件事故との間に相当因果関係が認められるが、その額に関しては、後述する。

(三)  次に、症状固定後も、原告は、引き続き入院しており、原告は、その入院により要した治療費全額(平成二年九月二八日から平成三年四月五日までの佐藤整形外科医院での入院分及び同日から同月二七日までの長崎市立市民病院での入院分及び同日以降平成六年六月三〇日までの佐藤整形外科医院での入院分)及び平成六年七月一日以降は、生存期間中、毎年四八〇万円を下らない額の治療費について、原告の被った損害を構成する旨主張し、他方、被告は、症状固定日以降の治療費については、本件事故との相当因果関係を否定すべき旨主張するので、この点について、以下判断する。

まず、一般に、植物状態にある患者の場合、呼吸機能の低下による肺炎などの合併症を併発したり、カテーテルの挿入による排尿のために細菌に感染したりするおそれがあるものといわれており、特に、原告の場合、高齢で、しかも、本件事故による肺挫傷及び肋骨骨折のために肺の換気が十分に行われておらず、肺炎を起こしやすい状態にあったこと、実際にも、原告は、平成二年九月二八日の症状固定後も、肺炎及び尿路感染を起こして、佐藤整形外科医院から、長崎市立市民病院に転院して、肺炎等の治療が行われたことが認められ(前掲甲第二三号証、乙第五号証、原告後見人の尋問の結果及び弁論の全趣旨による。)、長崎市立市民病院における肺炎等の治療費については、本件事故との間に相当因果関係が認められる。しかし、それ以外の佐藤整形外科医院における入院により要した費用については、原告に肺炎等を予防する必要性があったことは認められるにしても、在宅看護では肺炎等の予防ができず、同医院への入院によって予防しなければならないと認められる証拠はなく、むしろ、同医院は原告の長男である原告後見人の経営であり、しかも、整形外科医院であって、肺炎等の治療を専門にしているわけではないことからすると、同医院への入院は、在宅看護に代えて、親子の情から特に行われているものと認められ、入院代を含む前記認定の同医院における治療費全額について相当因果関係を認めることは相当ではないものといわねばならない。また、平成六年七月一日以降の治療費が、年四八〇万円を下らないことを認めるに足りる証拠もない。確かに、同医院に入院中、年に二回程度は肺炎様の症状を示し、そのための治療が施されたことは認められ(原告後見人の尋問の結果及び弁論の全趣旨による。)、また、将来的に肺炎を起こして、その治療が必要となる場合もあり得ることは否定できず、そのような治療に要した、また、要する費用と本件事故との間には、相当因果関係を認めることができるものの、実際にその治療費の額がいくらであったか、あるいは、いくらが相当かは明らかではなく、この点については、慰謝料算定の際に考慮することとする。

したがって、症状固定日以降の治療費については、平成三年四月五日から同月二七日までの長崎市立市民病院において要した治療費について、相当因果関係が認められ、前示のとおり、平成二年九月一日から同月二七日までの長崎市立市民病院に入院中の治療費についても、本件事故との間に相当因果関係が認められるところ、成立に争いのない甲第一二号証の二によれば、両者を併せた治療費の合計額は、一五三万二四六〇円であることが認められる。

(四)  よって、本件で相当因果関係の認められる治療費としては、以下のとおり、合計六四二万三四六七円となる。

平成二年三月一九日(掖済会長崎病院) 五万〇八八七円

同日~同年六月二五日(長崎大学医学部附属病院) 二八一万四四三〇円

同日~同年八月三一日(長崎市立市民病院) 二〇二万五六九〇円

同年九月一日~同月二七日及び平成三年四月五日~同月二七日(同右) 一五三万二四六〇円

合計 六四二万三四六七円

3  入院雑費

2で述べたように、原告の症状は平成二年九月二八日で一応固定したといえ、同日まで一九四日間の入院雑費は一日当たり一三〇〇円、合計二五万二二〇〇円が相当である。また、前示のとおり、平成三年四月五日から同月二七日までの長崎市立市民病院への入院中の治療費と本件事故との間に相当因果関係が認められるのと同様の理由で、右入院期間中の入院雑費と本件事故との間に相当因果関係が認められ、この間の入院雑費は一日当たり一三〇〇円、合計二万九九〇〇円となる。なお、佐藤整形外科医院における入院中の入院雑費については、治療費について前示したのと同様の理由で、本件事故との間の相当因果関係は認められない。

平成二年三月一九日~同年九月二八日 二五万二二〇〇円

計算式 1,300×194=252,200

平成三年四月五日~同月二七日 二万九九〇〇円

計算式 1,300×23=29,000

合計 二八万二一〇〇円

4  付添看護費

原告が長崎大学医学部附属病院に入院していた平成二年三月一九日から同年六月二五日までの九九日間は、原告の子らが原告の付添看護を務めており(当事者間に争いがない。)、原告が前記のような植物状態にあったことに鑑みると、この間の看護費用としては一日あたり六〇〇〇円が相当である。

そして、原告は、平成二年七月一日ころから現在まで付添看護人を雇い、このうち、平成三年四月二八日から平成七年九月三〇日までの間の分については、総額一五四四万九五二五円を支払ったほか、平成二年七月一日ころから平成三年四月二七日まで三〇一日間に原告が支払った付添看護費は、一日当たり六〇〇〇円を下らず、平成七年一〇月一日から平成八年一月三一日までに支払った付添看護費用は、一日当たり九九〇〇円を下らず(弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一九、二〇号証の各一ないし七八、第二一、二二号証の各一ないし三六、原告後見人の尋問の結果及び弁論の全趣旨による。)、前記認定のとおり、原告は、本件事故後現在まで植物状態にあり、鼻から栄養を補給するために原告の体を起こしたり、おむつ交換、寝返り、痰の吸引等の処置をするため、職業付添人による付添看護が必要なことに鑑みると、以上の支払実費額は、本件事故と相当因果関係のある付添看護費用として認められる。さらに、原告の症状の回復が見込めない本件においては、付添看護を必要とする状態は、同年二月一日以降原告が死亡するまで続くものと認められ、この間の付添看護費は一日当たり九九〇〇円、一年当たり三六一万三五〇〇円が相当である。

ところで、不法行為によって傷害を受けその結果後遺障害を負った被害者が加害者に対し損害賠償を求めている事案の場合、その損害額を算定するために必要となる被害者の余命を判断するにあたっては、症状固定日における同性同齢の平均余命を参考にするのが相当であって、本件において、平成二年簡易生命表による症状固定時の原告と同齢(七八歳)の女子の平均余命は九・八七年であるから、平成八年二月一日以降の原告の生存期間は四年間を下らないにすぎないものと認められる。

よって、以上をもとに付添看護費を算出すると次のようになる。

平成二年三月一九日~同年六月二五日 五九万四〇〇〇円

計算式 6,000×99=594,000

同年七月一日~平成三年四月二七日 一八〇万六〇〇〇円

計算式 6,000×301=1,806,000

同年四月二八日~平成七年九月三〇日 一五四四万九五二五円

同年一〇月一日~平成八年一月三一日 一二一万七七〇〇円

計算式 9,900×123=1,217,700

平成八年二月一日~平成一二年一月三一日 一二八七万九五九八円

計算式 3,613,500×3.5643=12,879,598

(新ホフマン方式により、中間利息を控除。)

合計 三一九四万六八二三円

5  装具代

原告が下肢装具代として、八万〇六七〇円を支払ったことは当事者間に争いがない。また、原告は、植物状態にあるから、鼻から栄養を補給するために体を起こしたり、シーツの交換や入浴の際に移動させたりするため、あるいは床ずれ防止のために、今後さらに、楽匠ベット一台三七万五〇〇〇円、パラケアマットレス一枚四万円、ベット取付式電動介護リフト一台三二万五〇〇〇円、ネバスシリングシート一枚三万九〇〇〇円、フローラポンプ一台九万円、フローラパッド四枚一五万二〇〇〇円、車椅子(リクライニングタイプ)一台一二万円の合計一一四万一〇〇〇円の購入が必要となることが認められる。(弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一六号証の一ないし五及び原告後見人の尋問の結果による。)

合計 一二二万一六七〇円

6  休業損害

原告は、医療法人社団寿豊会の理事として月額一〇万円、有限会社長崎ティー・エー商会の代表取締役として月額一〇万円、有限会社観光カメラ店(但し、平成三年一月一日、商号を「有限会社さとう写真場」と変更。)の監査役として月額六万円、合計月額二六万円の収入を得ていたところ、現在は、いずれの収入も失っている(成立に争いのない甲第五、六号証の各一、第一八号証及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲五号証の二、三、第六号証の二ないし四、第七号証並びに原告後見人の尋問の結果)。

そして、原告後見人は、原告は、医療法人社団寿豊会では厨房の監督や献立の相談、葬式への出席等を、アパート経営の会社である有限会社長崎ティー・エー商会では、賃貸借契約の相手方の選択等を、有限会社観光カメラ店では受付や従業員の監督等をしていたと供述するが、これらの中には法人の役員としての職務とは到底いえないものも含まれているほか、労務の対価としても月額二六万円というのは過大であり、原告はもともと収入に見合うだけの役員としての職務を果たしていたとは認められず、右各法人が原告やその親族が理事、取締役、監査役となって経営されている同族会社的なものであること(前掲甲第四号証、第五号証の一ないし三、第六号証の一ないし四、第七号証、第一八号証及び弁論の全趣旨による。)に鑑みると、原告の右各法人からの収入は、利益配当の性格を有するものと認められ、かかる収入の喪失を休業損害とみることはできない。そこで、症状固定の年である平成二年の賃金センサス第一巻第一表による六五歳以上の女子の平均年間給与額である二六六万〇一〇〇円を基準に平成二年四月一日から症状固定日である平成二年九月二八日まで一八一日間の休業損害を算定すると、一三一万九一一八円となる。

計算式 2,660,100×181÷365=1,319,118

7  逸失利益

原告は、本件事故により植物状態になり、労働能力の一〇〇パーセントを喪失したが、6で見たように、原告が各法人から報酬として得ていた収入は職務又は労務の対価とは認められないから、これを逸失利益算定の基礎とすることはできず、平成二年賃金センサス第一巻第一表による六五歳以上の女子の平均年間給与額である二六六万〇一〇〇円を逸失利益算定の基礎年収とすべきである。そして、原告は症状固定日当時既に七八歳の高齢であったことから、同日以降の就労可能年数を四年とし、また、原告は植物状態にあって生活費は相当程度少なくて済むことから、その控除の割合を五割として、新ホフマン方式により中間利息を控除して逸失利益を算定すると四七四万〇六九七円となる。

計算式 2,660,100×3.5643×0.5=4,740,697

8  慰謝料

本件事故により原告は植物状態になり、今後死亡するまで回復が見込めないことや、前述したように、本来治療費として支払われるべき額の一部が確定できないこと等、本件の一切の事情に鑑みると、本件事故による傷害及び後遺障害に係る原告の慰謝料は、二五〇〇万円が相当である。

9  損害の填補

2ないし8で認容した額の合計は、七〇九三万三八七五円となるところ、同金額から原告が本件事故に対する損害の填補として、自動車損害賠償責任保険等により支払を受けた二八八九万九一三四円を控除すると、残額は四二〇三万四七四一円となる。

10  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、弁護士費用以外の認容額等に照らすと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る相当因果関係のある弁護士費用の額は四二〇万円とするのが相当である。

三  以上により、原告の本訴請求は、右三9 10の合計四六二三万四七四一円とこれに対する本件事故の翌日である平成二年三月二〇から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言の申立てにつき同法一九六条を各適用して(なお、訴訟費用に対する仮執行宣言の申立ては、相当でないから、これを却下する。)、主文のとおり判決する。

(裁判官 有満俊昭 西田隆裕 村瀬賢裕)

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